sonihouseは、これまで日本各地へ、ときには海を越えてスピーカーを納品してきました。私たちの製品を選んでくださった方たちと話をしていると、深く共感することや忘れがたいお話を聞くことも少なくありません。「sonihouse Owners」では、そうした対話の一部をご紹介します。
前編に引き続き、山梨・韮崎「和食おすし若」の二代目である小澤一敏さんにお話を伺います。3年前に小澤さんがお店を引き継いでから、これまでのいきさつについて。そして地元の魅力を表現するべく、天然きのこを使った料理が振る舞われるきっかけになった話をお聞きしました。店の地盤が固まり、これからの活躍が一層期待される「和食おすし若」ですが、実はすでに次の夢があるそうです。後編、まずは導入したばかりの新製品「vision」についてお話を聞いていきます。
空間を包んでくれる音響
sonihouse 鶴林万平(以下、鶴林):昨日の納品、すごく緊張していました。そもそも「vision」を自分らの空間じゃない場所に設置するのがはじめてで、それに聴きにきてくれたのが音楽家をはじめ耳の肥えたお客さんばかりで……。
小澤一敏さん(以下、小澤):けれど、みなさん口々に褒めてくれましたね。比べてみると、これまで使っていたのは音の主張が強いスピーカーで、お客さんから「ちょっと音量下げてくれませんか?」と言われたことがありました。なので、お客さんのテンションに合わせて音を上げたり下げたり調節していたんです。その作業がけっこう大変で。「vision」にはそういう手間はいらなそうですよね。明日の営業から、お客さんが心地よく食事している雰囲気が目に浮かびます。
鶴林:ありがとうございます。これまでsonihouseには無指向性のスピーカーが2モデルあり、「vision」はそれらのモデルから音質や性能を落とさずにどれだけダウンサイジングできるのかをテーマにつくった9年ぶりの新製品なんです。それが実現できたのは、この9年の間に発達した世の中の音響シュミレーション・ツールを活用できたこと、そして今回のコロナ禍の影響で生まれた空いた時間を開発期間に充てられたのも大きかった。これまでの経験値と最新のノウハウとを全て駆使して、納得のいく出来になりました。最小サイズながら、sonihouseがいまがもてる最大限の音響性能を持ち合わせています。
小澤:なるほど。スピーカーの表面の化粧板の色味や質感にしても、バッチリうちの内装に合っていますね。良い佇まいです。
鶴林:雰囲気や見栄えの相性の良さもそうですが、音響の面でもこの建物との相性はとてもいいんです。というのも、ある程度年季の入った建物には、新築の建物にはない独特の「抜けの良さ」みたいなものがあります。鳴らしてみてはじめて分かったことですが、このお店には「vision」の性能が十二分に発揮できるほど抜けが良いですね。想定していたよりも、よく聴こえると言ってもいいです。このお店が積み重ねてきた歴史に、僕らのスピーカーが下駄を履かせてもらうかたちになりました。
小澤:そうかそうか、そんなことも影響するんだ。素直に嬉しいですね。いまの話を聞いてなおさら、「vision」のおかげで「和食おすし若」がどういう店なのかが伝わりやすくなったんじゃないかと思います。この風通しのいい環境で、馴染みのある僕の大好きなアーティストたちの音楽を流したいですね。
次なる夢
鶴林:どんどんスピーカーを鳴らしていってほしいです。とはいえ、先日奈良へ試聴をしに来てくださった際には、いずれはこの場所を離れて6年間住んでいたニュージランドに戻るのが夢だと話されていました。
小澤:はい、ただこの数ヶ月間で変わりました(笑)。ニュージーランドは僕と妻が出会った場所であり、日本に帰ってくるまでは永住権を取得しようと一生懸命になっていたほどに愛着のある国なんです。なので、ニュージーランドに拠点を持つことをずっと夢にみていました。けれどいまは、山梨の、ここじゃないもっと広い土地で店をひらくことに夢が変わりましたね。
鶴林:山梨県内で拠点を移すと。そう思うようになったのは何かきっかけがあったんですか?
小澤:きっかけは、またしても「ボーペイサージュ」の岡本さんです。少し前に岡本さんがお店にきてくれて、そのときに「人の幸福度ってなんだろう?」というような話になって、僕らはニュージーランドの話をしたんですよ。すると話しているうちに、自分の幸福度を満たすにあたって場所にこだわる必要はないなって思いはじめて。岡本さんのように、この土地でもやりたいことが十分にできるということを実践している人が目の前にいたから、そう思い直したんだと思います。
鶴林:目指していた風景を、身近なところに見つけられたんですね。
小澤:そうなんです。 ニュージーランドを理想として持っていましたが、自分らの環境のつくり方次第では、 同じようなことを山梨でもできるんじゃないか!って。できることなら、1000坪くらいの広い場所にポツンとお店を建てたい。そこできのこの採取もできると完璧ですね(笑)
鶴林:僕らも、いままさにsonihouseの拠点である奈良の、身近な土地を見つめ直しています。具体的に言うと、大学と協働して奈良における「土地の音」を発見するプロジェクトを行ってるんです。山に囲まれている奈良特有の音、その場所でしかできない音響効果を調べ、歴史や文脈を掘り起こして、そこへめがけて人を呼べないかなと。普通は、音楽家が奏でる背景に自然の音、環境音があると思うんですけど、それを逆にしたい。聴く人が自ら環境音と演奏のバランスを考えて移動したり工夫をし、それぞれの耳に合った聴き心地を追求して、土地の音を記憶してほしい。そのためにどんな仕掛けを用意すればいいか模索しています。夢とまではいかないですが、活動13年目にして、そんな新たな試みをはじめました。
小澤:すんごい試みですね(笑)。音楽で言えば、僕のこれまでの人生のどの場面にもあったものですし、これからの夢にも音楽は絶対に必要ですね。食と同じように、音楽にも人を動かすパワーがあると思います。ここだけの話、僕らはすでに土地も見つけていて、この場所ならいまよりもっといい表現ができるよねって妻とも話しています。人気のない土地で、飲食店向きではない場所です。でも、あえてそういう場所で挑戦したい。いまのお店は、元々父親がつくった土台の上でやらせてもらっているから、僕らがやったことってほとんどないんです。せいぜい新しいお客さんが来るようになったくらい。いまは日々勉強させてもらっている身なので、いつかは自分たちの手で新しい何かを残せたら、と。そうやって、僕らにしかできないスタイルで、人の記憶に残るようなことができたら本望ですね。
編集後記/鶴林万平
職種は違えど、共感しあう点がいくつもあった。ご夫婦2人でいろいろなことを共有し、ああなりたい、こうなりたい、やりたいこと、そしてできることを模索しながら、先例のないこと、正解があるわけではないことを自覚し営まれている。カズさんは料理を中心に、マキさんはそもそも飲食業の経験がない中、ホールの仕事のみならず、必要からカズさんとソムリエの仕事を覚え、またキノコのことも一人で山に行って貴重な品種を見つけたりと、文字通り二人三脚で店を切り盛りしている。うちも夫婦2人、そもそも小売業の経験もないのに商売を始めたり、木工の知識がないのに木のスピーカーを作ったり、PAの知識もないのにPAに携わったり、その都度必要から知識と技術を後付けしてきた。
最近気付いたことで「人生はブリコラージュだ」ということ。個人が持っている資質やら環境やら他人と同じものは一つもなく、手元にあるもので必要を賄うことしかできない。開き直り、見切り発車、その場しのぎ。誰もが十分な知識をもって準備をしてから隅々まで計画通りに物事をこなせるわけはなく、使命感やおせっかい、ちょっとした野心とか反骨心が原動力になっている。いろいろと赤面するだけじゃ済まない逃げ出したくなるような後悔や反省はあれど、「そもそもこれを始めてなかったら?」と想像する方が怖い。そう、すべては初めてなされる。ポジティブな鈍感力で。