制作期間10年以上という時を経て完成されたアルバム『HOUSE』。作曲家・阿部海太郎さんが歌手・武田カオリさんと作られたこのアルバムは、美しい歌声と繊細な音色たちが折り重なり表現する、架空の日常にどこか自分を重ね、いつしか音楽に溶けこむようなそんな自然さを兼ね備えた1枚です。今回は、阿部海太郎さんにアルバム制作について伺いました。
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今のタイミングだからこそ、この曲が演奏できた
- 制作期間10年以上というアルバム『HOUSE』ですが、どのようなきっかけで作り始めたのでしょうか?
アルバムを作ろうと思ったのは10年…もしかして15年くらい経っているかもしれないなぁ。富山県のある野外イベントに出演した時に、武田カオリさんがTICAというバンドで出演していて、その時に初めて武田さんの歌を聴いたんです。TICAのライブが素晴らしく言葉に表せられないくらい感動して。当時、自分の周りを見渡しても、武田さんのようなヴォーカリストっていなかったので。いつか武田さんとご一緒したいなと思いました。
僕はもともと自主的に歌というものはまず作らないんですね。基本的にはインストの曲を作っているので。例えば、6月末まで上演の『未来少年コナン』という舞台は歌がたくさん出てくるもので、そういう時はもちろん作りますが、自分の個人の作品として歌を作るということは今までしてこなかったし、今もそんなにしたいという気持ちがあるわけではないんですね。武田さんの声を聴いて、武田さんだから一緒にやりたいという、ほとんど一目惚れに近いような状態だったんです。
その後、化粧水のCM音楽の仕事をした時に、肌に浸透していくような感覚、透明感みたいなものを音楽でも表現したいというディレクターの考えを聞いて、ふと、武田さんのヴォーカルと一緒にやってみたいなと思い、自分が作った曲で初めて武田さんに歌ってもらいました。
その時にピアノと歌で作ったのですが、やっぱりとっても良くて。これは武田さんの歌と自分のピアノを中心にしたアルバムを作りたいなと思いました。その話をしたら、武田さんもやりたいと言ってくれて。それがもう15年くらい前です。作ろうと言ったものの、なかなか進まなくて。
制作に時間がかかったのは、自分たちの作品作りなので何の制限もなかったというのが大きな理由のひとつですね。締め切りを気にせず良いものを作ろうと思うと、このアルバムの完成度に対するハードルが僕の中でどんどん上がってしまって。
アルバムを作ろうって言った当初は、3日間くらいレコーディングの日を設けて、その期間で完成させるぐらいのつもりだったのですが、結局その時に録音できたのは1曲だけでした…。やっぱり、せっかくなら良いものを作りたいというのと、自分の作曲や技術が追いついていないという思いがあって。やればやるほど理想というか、ハードルが上がっていったんですよね。今度〇月くらいに集まろう、とかちょくちょく連絡を取り合ってはいましたが、あるモチーフを作っては、それがなんだか違うなと思ってやめたりということをずっと繰り返していて…。毎年新年になると、今年こそはやろうね、と言っていましたが、なかなか進まなかったというのが実情です。
- ゴールや締め切りがないと、完璧を求めて永遠に作り続けてしまうという今回の『HOUSE』の制作だったと思いますが、どうやって完成にたどり着くことができたのでしょうか。
何度か多少の妥協があってもいいから形にしよう、と思った瞬間はありました。1回目は30代半ばくらいに、他にも作りたいアルバムが頭の中で出てきて、1つのアルバムにこんなに時間をかけていられないなと思ったんです。
始めてから5、6年くらいのタイミングで「えいや」っと作ろうと思ったのですが、やっぱり納得できるものにはならなくて…。
あともう1回は、40歳になる手前に、武田さんがぽろっと「もう40歳になっちゃうね」と言って、僕も「そうだよな」と。武田さんをそんなに待たせるわけにはいかないなとも思ったのですが、まだ納得のいくものができる気がしなくて。その時も完成には至りませんでした。
でも、最終的には必要な時間だったんじゃないのかなと思います。僕も武田さんも、演奏で参加してくれているみんなの音楽性も、このタイミングよりもちょっと前だったら、成立しなかった気がしていて。
例えば、『HOUSE』終盤に弦楽四重奏とクラリネットのための抽象的な『Pillow』という曲があって、その曲は楽譜を見て演奏すると、演奏する側は巨大な”?”マークを抱いて演奏することになるんですよ。多分5年前だったら、ただの”?”で現場が終わってしまっただろうなと思うんですよね。時を経て演奏してくれる彼、彼女たちの音楽性がすごく豊かになってきた今のタイミングだからこそ、この曲が演奏できたのかもしれないと思っていて。そういう意味で言うと、やっぱり必要な十数年だったんだろうなということをすごく思いました。
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自分自身もドキドキしながら楽しんでいる
- ソロでの作品づくりに加え、劇伴やコラボレーションなど様々な仕事があると思いますが、ソロとコラボレーションでは、作曲のアプローチなども変わってくるのでしょうか?
劇伴はある作品に沿って作る、という道筋が最初から決まっていて、その中で自分自身がその時にできる最大限の発想で作っているのですが、やっぱり大きな違いとしては締め切りがあるということですね。どうしても締め切りがあるものを優先してやっていくので。
ソロの作品作りとなってくると、締め切りがない分、もっといいメロディーがあるかもしれない、と追求し始めてしまうんですよね。もちろん、劇伴も妥協しているわけではないのですが…。
『HOUSE』の制作は、1年に1曲とか、数年に1曲のペースで曲が仕上がっていき、道のりは長いな…と思っていました。その中で、コロナ禍があり、自分自身の環境が変わったことは、制作を推進させるきっかけにはなったと思います。2、3年前に今ならできる、今しかできないと急に思ったタイミングがあったんです。それで、武田さんと「歌の曲をあと何曲と、インストの曲をあと何曲作ったら、それでアルバムとして完成できるのでやりましょう」と言って、スケジュールを立てて、一気に完成させました。だから、最後は逆に早かったんですよね。それまですごく時間がかかってアルバムの半分も曲ができていなかったけれど、最後の1年間くらいでわぁーっと仕上げたという感じです。
- コラボレーションの作曲の時などは、求められる音楽と、自分が作りたい音楽が必ずしも一致しない場合もあるんじゃないかな、と思うのですが、そういう時はどうしているのでしょうか?
作曲家やミュージシャンにもよると思うのですが、僕の場合は、演出家や監督と一緒に取り組む仕事っていうのが結構好きなんですよね。
もちろん合う合わないというのはありますが、仮に音楽のテイストや考え方が合わない場面があったとしても、それが新しいアイデアを生むきっかけにもなっています。例えば、演出家からリクエストをもらって、自分と考え方が違うとしても、試しにやってみたら腑に落ちるということも実際にあります。自分にはできないと思っていたけれど、意外とできるんだな、やってみると楽しいかもしれない、と。演出家や監督のような他者と1つの作品を作る時に、結果的に知らない自分を発見するということは、大変ではあるけれど、自分自身もドキドキしながら楽しんでいるところがあるんですよね。
どうしても意見が合わない場合、自分の考えに絶対的に自信が持てる時は言葉で説明するよりも、実際に音で聴かせてみたりします。その結果これはいいですね、ということになったりもするので。普段、他者と作品作りをするときは、そういうやり取りを楽しみながら作っています。
ただ、今回の『HOUSE』は、自分との戦いというか、自分自身でその想像力の限界をどうやって乗り越えていけばいいのか、という結構孤独な作業でした。
普段やる機会がなかったり、やりたいと思っていてもできないことができるという良さもありますが、全部自分がしたいように決めると、どうしても自分の癖みたいなものが無意識に出てきてしまいます。それは個性とも言えますが、出しすぎるとあまりにも個人的なものになりすぎるのかもしれない、とそのバランスは常に考えていました。もちろん、個人的なものを作っているけれど、みんなと共有できるものだろうかって。今回のように、とりわけコンセプトが複雑だったりするものを、どれだけみんなに伝えられるだろうかということはすごく試行錯誤したし、他の映画やドラマの仕事とはまた違うハードルの高さがあったなと感じています。
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出来事を無限に想像することができる
- 今回のアルバム『HOUSE』は1人の架空の女性がテーマになっていますが、そのコンセプトは最初からあったのですか?
武田さんと、ある1人の架空の女性の家に残されていたものを想像して、そこに浮かび上がってくる作品のイメージに向かって制作を進めていきましょう、ということで話し合いました。
今回のアルバムは12の楽曲から構成され、それぞれのタイトルには、ある女性の家に残されていたと想像する12個の物の名が付けられています。ひとつずつで考えるのではなく、12個そろったときに生まれてくるインスピレーションを大切にしました。ブランケットやポストカード、などと名付けられていますが、最初から絶対的にそのイメージがあったわけではなく、武田さんが最終的にそのイメージを選んで決めていきました。おそらく、コロナ禍で家にいる時間が現実的に増えた中で、家の中へと意識が向いたこともすごく大きかったと思います。
- 今までのアルバムは、パリの街中、旅の音楽など、外の音が多いように感じていましたが、今回は内省的でとてもパーソナルなイメージだったことが新鮮でした。何か意識されていたことはありますか?
自分でもすごくそこは大事にしたので、気付いてもらえて嬉しいです。
普段は、どこかに出かけたり、新しいものを見たときに音楽づくりのインスピレーションが湧きますね。何かを目にした時にーモノ、光景、情景、例えばどこかで綺麗な鳥の声が聞こえたりとかーそれはとても瞬間的なことでも、その瞬間をずっと想像し続けることが好きなんですよね。
出来事としては瞬間的なものなので、すぐに過去になっていくけれど、その出来事を無限に想像することができると思っています。想像することは現在であっても、未来のその先までもずっと想像し続けていくことができる…そのことが自分にとってはとても特別な出来事で、それが音楽になっています。
ですが、『HOUSE』では何か具体的な出来事を題材にするというのではなく、それ自体は時間を失っている、ただそこに存在する物からイメージを膨らませていく作品作りとなりました。アルバムのコンセプトに登場する、ある1人の架空の女性のただそこに残されている物たちを見たときに、そこから膨らんでくるイマジネーションがあると思ったんです。
今まで他の作品では、ホテルに滞在する時間とか、ある特別な時間をテーマにすることが多かったのですが、今回は「物」からもう一度生み出される時間をコンセプトにしたいなと思いました。
- アルバム『HOUSE』は、なんてことのない淡々とした日常の中で、忘れてしまいそうな気にも留めない生活の一部や、その時には何も感じないけれど、後になって愛おしく思う時間の一部を、丁寧に描いた懐かしいフォトアルバムの音楽のようにも感じてすごく好きだなと思っています。今回、そういう作品の雰囲気づくりとして、音作りなど、いつもと何か変えていることなどあるのでしょうか。
その女性が住む一軒家で演奏がされていたかもしれないというイメージで、クラリネットや、バンジョーだったり、基本的には家のどこかの部屋で演奏可能な規模の人数で作ろうと思いました。なので、どの曲の音色も最終的に、親密ですごくプライベートな感じの音になったんじゃないかなと思っています。
- 今回は歌もたくさん出てきますが、歌に関してはどのように作られていったのでしょうか。
このプロセスは、まず僕が曲のアイデアっていうのかな、ちょっと固い言い方をすると、楽想ーその曲の一番中心になるメロディーーを作って、それを武田さんに渡して、武田さんがそこから感じることを自由に作詞をしてもらって、作詞が大体できたところで、実際に曲のアウトラインから作り始めて、言葉によってちょっとメロディーを調整したりと何度かキャッチボールをしながら作っていきました。
歌詞に関しては、武田さんに全部お任せしています。
- そうなのですね、作詞が英語というのも新鮮というか…雰囲気に合っているなぁと思うのですが、意味や意図があったのかなと気になりました。
その架空の女性がアメリカにいたっていう、自分の中での裏テーマがあったので、言語は当初から英語にしたいなと考えていました。
僕はもともと、音楽的にはヨーロッパの音楽からスタートしているので、アメリカは僕にとっては結構異文化でして…。アメリカのポップスにしてもロックにしても、自分にとっては遠い存在だったのですが、ある時期から、バンジョーとか、アメリカの古い音楽にすごく興味が湧いてきて。英語の世界に取り組むにはいいタイミングかもしれないなって。
今回は、古き良きアメリカみたいなイメージが念頭にあったので、その女性も19世紀の終わりぐらいの人をイメージしていたんです。スナップ写真が残っていない時代の人。
19世紀の終わりくらいだと、いわゆる正面を向いて正装した肖像写真というものは残っているのですが、なんでもない普通の生活を写したような写真というものはなくて。例えば男性だったら、すごくフォーマルな服装かあるいは軍服だったりすると思うのですが、こういう時代のごく普通の生活者が、普段どういう部屋でどういう服を着て生活していたのか、資料では研究することはできるけれど、その写真は見ることができないなって。誰にも見ることができない、その生活が自分にとっては興味深かったし、想像することができました。
いつか、同じような考え方で、ある日本人の女性をテーマに全編日本語の曲でアルバムを作ったら面白そうだな、とも思ったりします。今回アルバムは”女性”がキーワードになっていますが、武田さんが自分自身のポートレートを歌うということではなく、架空の”ある人”を通して武田さんが言葉を紡いで歌っていくということの方が、表現としては豊かになるのではないかなと思いました。
- 今回のアルバムは、それぞれの曲名となった物もそうですし、全体的に部屋の中をイメージしたアルバムのように思いますが、ジャケットは大胆にも外の写真ですよね。
そう!本当にこの表現がね…!このデザインをしてくださった葛西薫さんは、僕がもともとすごく好きだったというのと、楽譜集を出版した時に、その装丁を葛西さんにお願いしたことがあって。その時に、葛西さんがデザインだけじゃなく、こちらのぼんやりとした考えを上手くまとめてくれたり、導いてくれたりして、そういうところも素晴らしいなと思って今回もお願いしました。
今回のアルバムでも、自分としては何年もこのアルバムのことを考えたりしているから、言いたいこと、言うべきことがたくさんありすぎるけれど、でも伝えられるメッセージが限られているという状況で、何をいちばんに表に出すべきなのか、葛西さんがどういう風にデザインをまとめるのかなと、とっても興味深かったんです。ミヤギフトシさんの写真を使わせてもらいたいということだけは葛西さんにリクエストしていました。そうしたら、ミヤギさんのベンチの写真が表紙になっていて。僕も最初は「おぉ!」って、なんだかすごく嬉しい驚きで。
見た瞬間に自分が思っていたいろんなことを解放してくれた感じがしたんですよね。コンセプトを込めて時間をかけてできた『HOUSE』というアルバムのイメージや可能性を、このデザインと写真が広げてくれている気がしました。
ミヤギさんもこのアルバムのために”窓”をひとつキーワードとして立ててくれたみたいで。家には窓があって、その窓から外の世界へと開かれているような…家って閉ざされた空間にも思えるけれど、でも実は外とも繋がっているという、そういうことがデザインとしても表現されたことがすごく嬉しかったです。
- 今回初めてlistudeで演奏をされますが、どんなイメージや構想をお持ちですか。
すごく楽しみで仕方がないです。listudeとは以前のsonihouse時代、2011年に『トウキョウの家宴』というイベントで一度ご一緒したことがあるんですけれど、「音を聴く」ということに向き合っているlistudeで演奏ができることが本当に楽しみですね。僕にとっては、他の会場で演奏することとは違う良い緊張感があるというか。自分にとっても「聴く」ことはとても大事な行為で、それをどのくらい自分自身が大事にしているかということを、来てくれるお客様に伝えられたらと思うと、それはもう本当に楽しみです。
あとは奈良が昔からすごく好きで。余談ですが、僕が通っていた東京藝術大学が古美術研究所という施設を奈良に持っていて、僕がいた学科はその研究所に一週間滞在できたので、古い音楽とか、仏像とかそういうことを勉強して、合間に自転車で平城京とかぐるぐる巡っていました。京都よりもちょっと古い奈良の天平美術がすごくいいなと思っています。美しいんだけど、朴訥としているというか。奈良の仏教美術自体も、ものすごく好きだったり。あとは、空が抜けていて、広々していて気持ちがいいなとか。
京都や大阪でも何年も演奏していないので、関西地方で久しぶりに演奏できることがとても楽しみですし、皆さんに足を伸ばして奈良に来ていただけるとすごく嬉しいなと思います。
阿部海太郎さんが出演されるコンサートの詳細はこちらから。
2024/7/13 sat. – 15 mon. 阿部海太郎&武田カオリ 「HOUSE」奈良公演