sonihouse Owners Vol. 01
金宇正嗣(金宇館)|後編

sonihouseは、これまで日本各地へ、ときには海を越えてスピーカーを納品してきました。私たちの製品を選んでくださった方たちと話をしていると、深く共感することや忘れがたいお話を聞くことも少なくありません。「sonihouse Owners」では、そんな対話の一部をご紹介します。

前編に引き続き、金宇館4代目館主・金宇正嗣さんにお話を伺います。幼少の頃から家業である旅館業に慣れ親しみ、2017年に旅館を継いだ金宇さん。前編では、100年続く家業との向き合い方、そしておもてなしに対する考えについて語ってくれました。普段から心がけている「ちょうど良い」おもてなしというのは、私たちとの活動にもリンクするところでした。後編では、なぜsonihouseを選んでくださったのか、そのきっかけからお話を聞いていきます。

100年をともにする伴走者

sonihouse 鶴林万平(以下、鶴林):sonihouseを選んでくださったのには、どんなきっかけがあったんですか?

金宇正嗣(以下、金宇):改装が決まってから、ずっとスピーカーを探していました。そんなときに、たまたまWebでsonihouseのスピーカーを見かけたんです。「すごくかっこいい、ほかでは見たことない形だな」と、まずは造形に魅力を感じました。いざホームページを見てみると、コンセプトがすごく明確で、金宇館での音の在り方にとても近いと感じ、そこからは即決でした。

鶴林:フォルムにもこだわってつくっているので、嬉しいですね。補足をすると、この形は装飾的なだけでなく意味をもった形なんです。「無指向性」という、自然の音と同じように方向のない音の広がりを再現するために多面体にしています。音楽を聴くとき、一方向にのみ音を発する形で発展してきたスピーカーの歴史は、正直僕にとっては片手落ちに感じます。電子音楽が世間に浸透してからは、なおさら。電子音が声や楽器と同じアコースティックな響きとして聴かれることを目指すなかで、sonihouseのスピーカーはいまの形に仕上がりました。
金宇館には柱をはじめとして、至るところに建設当初の古材と今回の新材との「継手」加工がありますよね。これ、かっこいいなと思いました。この継手も、機能や想いがしっかり詰まっていて、意味がかたちになっている。

金宇:そうですね。古いものと新しいものを繋いでいくという、金宇館がまさに今後やっていくことが形になりました。意匠として施しているわけではないのですが、僕たちが説明するよりも、金宇館のコンセプトを雄弁に語ってくれています。補強のために手っ取り早いのは、柱をスコンと抜いて入れ替えることでしょうし、それが一般的です。けれど、これまでの100年、そしてこれからの100年を考えたときに、あえて手間や技術がかかる方法を選びました。

補強のため、柱の土台部分は新しい木材に取り替え、伝統的な継手「金輪継」で元々の柱と繋げて仕上げられた。「金輪継」は、いまや古い寺社仏閣などでしか見られない技術だそう。

鶴林:お風呂場を見学したときに、浴槽の縁の檜に大きな岩がめり込んでいるような造形があって驚きましたが、あれも継手と同じように半端な技術ではできないことですよね。

金宇:浴槽の造形は、最初からあの意匠にすると決まっていたわけではなく、改修が進むなかで職人と相談して決めました。二つ返事で引き受けてくれましたが、そこには職人としてのプライドもあったと思います。

鶴林:「100年」という時間の重みがそうさせますよね。プライドをかけるだけの重みがある。100年後の人にも「いい仕事だな」と思ってもらえるような、大工さんの覚悟が見える仕事だと思いました。

金宇:確かに、内心では「まじかよ!」なんて思っていたのかもしれません(笑)。ただ、「こんな現場は大工を50年やっているなかでも、数えるほどなんだ」と話してくれました。稀に、お寺の修復をしたり、そういうことでしか経験していない。道具にしても、昔ながらのやり方を踏襲して今回の改修のためだけにつくった道具があったそうです。道具づくりから試行錯誤する、そんな工程は久しぶりだ!とも言ってくれました。

鶴林:100年に一度の機会に、現場に関わる人たちがそれぞれにやりがいを感じたんじゃないでしょうか。建物をじっと見ていると、現場の生き生きとした表情が見えてきます。

浴槽の縁の檜が、まるで岩を貫いているかのような驚きの造形。岩肌の微妙な凹凸に合わせて檜を削り出し、はめ込まれている。実際に見ると、目の錯覚のよう。

金宇:そうかもしれません。今回の改装に関わってくださったのは、かねてからお付き合いのある人や信頼できる人、なにより一緒に100年後を想像して、背負ってもらえる人たちなんです。そんな風に言うと、負担に感じてしまうかもしれないですが(笑)。みなさんとは、現状から何を残して何を変えるのかということや、100年後の金宇館の姿をしっかり考えてから、作業に入りました。

鶴林:例えば、どんなところに現れているんですか?

金宇:家具で言えば、昔の家具には名作と呼ばれるものがたくさんあり、技術はもちろん、材質もすごく良いものが多いですよね。ただ、いまそれをつくろうとすると材料がない、ということが起こりがちです。そうした事態を避けるために、素材選びの際、良質で和の雰囲気にも合うもの、かつこの先も日本で手に入りやすい素材を探しました。その結果たどり着いたのが栗です。

鶴林:栗ですか。

金宇:はい。例えば、50年後や100年後に改修するとき、もしくはお客さんから「この家具いいな、ちょっとつくってもらえる?」という依頼があったときに、栗ならまだつくられる。100年という時間軸のなかでこの先に修理できたり、つくられるもの。家具に限らず、造園もサインも、もちろん建築設計にしても、みなさん一貫してそこをすごく考えてくださった。

鶴林:そういった方たちが、この旅館にとっての伴走者ということですね。金宇さんが発起して、100年単位で考えた住空間が立ち上がっている。そんな場所にsonihouseのスピーカーを置いてもらって、その一部になっているっていうのは、すごく嬉しいです。

リニューアルオープンが迫る2月中旬。パートナーであり金宇館の女将を務める枝津子さんとともに、取材に応じてくれた。

受け取ったバトンを渡す

金宇:あともうひとつ、今回の改修工事には日本の文化を残すというテーマもあります。戦時中の大きな戦禍を免れた松本は、他の地域に比べると古い建物が残っていますが、それでも最近はどんどん壊されています。うちの宿の役目は「こういう古い建物や文化があったんだよ、そしてまだ繋いでいけるんだよ」ということを発信することも一つだと思っています。

鶴林:なるほど。そういった役割をまっとうするための舞台をつくったり、100年を背負うことを引き受ける金宇さんは、すごいなって思いますね。本当に尊敬します。

金宇:ありがとうございます、照れますね(笑)。100年前から繋いできたバトンですから、やはり次の世代に残したい。もし、今後子どもたちがこの宿を引き継ぐと言ってくれたときに、僕たちの代でちゃんとしたものをつくっていないと、良いものを残してあげられないですから。次世代のことを考えると、頑張れるし優しくもなれます。なんといっても、それが一番の原動力ですね。僕たちの世代で終わるんだったら、もっと簡単な工事もあり得ました。けれど、先のことを見据えたからこそ、大改修という大きな決断ができた。

鶴林:金宇さんが今日話してくれた、この旅館への愛着やかつての作り手の意志を尊重して改装を進めている様子は、まるで100年前の人々と建物を介してコミュニケーションを取っているようだとも思いました。

金宇:そうですね。僕は曽祖父の言葉を読み聞きしたことも、もちろん会ったこともありません。けれど、いまなら建物を見ることで、どんな想いで旅館業を立ち上げ、運営していたのかが想像できます。1世紀を越えて伝わってくる曽祖父の情熱に触れると、自分もやってやろう!って、自然と勇気が湧いてきますね。

前編を読む

プロフィール

金宇正嗣(かなう・まさつぐ)
1983年生まれ。「金宇館」4代目。地元の高校を卒業後、立教大学観光学部に入学。卒業後、栃木県那須「二期倶楽部」に就職し2年間の修行を積み、その後銀座の和食処で料理を学ぶ。2009年に帰郷し、2017年より「金宇館」4 代目を継ぐ。
http://kanaukan.com

取材・文 浅見旬
写真 sonihouse

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