Interview#01 森ゆに『solitary』を聴く

3月16日、listudeにて初めてのソロコンサートを行う音楽家・森ゆにさん。今回、自身の5作目となる新作『solitary』を携えてのコンサートに伴い、作品はもちろんのこと、森ゆにさんの魅力にあらためて迫るべく、インタビューを行いました。様々な情報に溢れ混沌とした今だからこそ、どこか懐かしくあたたかみのあるパーソナルな今作は、そっと胸に響くものがあります。その作品の制作中の話と共に、それをつくり上げた彼女の想いも、ぜひご覧ください。


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これくらい振り切ってもいいかもしれない

― 前作『山の朝霧』の開けたイメージのものとは違い、今回は「孤独、ひとり」をテーマにしたアルバムだと思うのですが、どのようにしてこのテーマになったのでしょうか。

2019年のほぼ終わりくらいに『山の朝霧』をリリースして、ライブを数件行ってすぐコロナが始まって。ライブの予定もほとんどキャンセル、外にも出られないみたいな状況の中、次にソロ作品をと考えた時に自分の心境や感覚が今までと違って、外に開いている感じではなかったんです。
なので、自然と次の作品はクローズドなものになりそうだな、という構想はぼんやりと持っていました。あとは、自分の家にある5歳の時に祖母に買ってもらったアップライトピアノを使って録音したいなという希望も、その中に漠然とあったんですよね。

2023年の9月にレコーディングをしたのですが、その半年以上前からエンジニアの(田辺)さんには、自分の心情やアップライトピアノのことを話していて。それだったら、今までのホールの響きを活かした感じではなく、すごく小さな空間をイメージさせるような音作りになっていくだろうから、それに向けてどういうマイクを使おうか、というような話をすでにしていました。話しながら、実際にテストレコーディングを行ったりもしてみましたね。結果的に、2012年にリリースした『シューベルト歌曲集』と同じマイクを使って今回のアルバムも録音しました。
今どきの弾き語りポップスと言われるジャンルの中で比べると、やっぱり相当こもった音像になるから、ある意味でチャレンジングな音作りにはなったと思います。でも、このくらい振り切ってもいいかもしれないね、という結論に。

その年始のテストレコーディングの時点では、まだアルバムの半分しか曲ができていませんでした。コロナ期間中も、『2020』(田辺玄との共作)やみどり(青木隼人、田辺玄、森ゆにのユニット)の曲は作ったりしていたけれど、ソロの曲をためていなくて…。でもソロアルバムを出したい、という想いはずっとあったので、2023年の9月に録音する、とリミットを決めて、アルバムの音のイメージも固めて、そこからわーっと作りました。今まで釣り糸を垂らして、ひとつひとつ釣っていくように曲作りをしていましたが、今回は必死で釣る、もうむしろ地引き網みたいな感じで、勢いをもって作っていきました(笑)アルバムの世界観やテーマがひとつ、自分の中で固まっていたので、できたのかなぁと思います。

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これまでの作品との違いも感じてもらえたら

― 5歳からの、言わば「相棒」のようなアップライトピアノを今回使用したということですが、今までも使おうと思ったことはなかったのでしょうか?

今までも使いたかったのですが、『祝いのうた』とか『山の朝霧』を作っている時は、その曲のイメージからも、小さい部屋のアップライトピアノではないな、というのがありました。とはいえ、使いたいという気持ちはずっとあったし、逆に他のアーティストがうちの自宅スタジオで玄さんと制作をしに来た時に、私より先にそのピアノを使って録音していることがなんかちょっと悔しい、というのはずっとありました(笑)
だからこそ、次はあのアップライトピアノで、という想いは『山の朝霧』以降、ずっともっていましたね。ようやく、という感じです。
録音もシンプルに、メインのナショナルの古いマイクを自分とピアノの間にボンと置いて、ほとんどそれでピアノも歌も録っています。あとちょっとだけ、二本くらい立てたかな。そして一発で録りました。
前作は、ホールでlistudeのスピーカーから音を出して、スピーカーから響いたものをマイクでキャッチする、といった広い空間を活かした録音をしていたので、すごく遠くの方にもマイクを立てたりと、セッティングも複雑だったのですが、今回はかなりシンプルになっているので、音作りの面でこれまでの作品との違いも感じてもらえたらいいな、と思っています。

― アナログ盤をリリースするにあたって、意識されたことはありますか?

今回、そういう古いマイクで録ったので、レコードを回した時の、プツプツっていう感じとか、ちょっとした歪みとかが、もともと味になりやすい音になっているのかもと、個人的には思っています。
CDもアナログも、パッケージデザインは、みどりでも一緒にやっている青木隼人さんにお願いしていて。デモ音源を聴いて、青木さんが思うイメージで作ってくださったのですが、アルバムジャケットの真ん中に写真を使おう、というアイデアがあって。じゃあその写真を誰に撮ってもらうか、という話になった時に、フィルムカメラで何気ないワンシーンを撮りたいね、ということで、新潟のF/style*・五十嵐恵美さんにお願いしました。恵美さんは、プロのカメラマンではないのですが、いつもフィルムで何気ない風景とか、イベントの一コマとかの写真を撮っているんですよね。今までも何枚か見てきて、それらがとても好きで。青木さんもいいねと仰ってくださって、恵美さんに新潟から山梨の自宅まで来てもらい、午前中に私が演奏しているところを、一気に撮ってくださいました。パッと見ただけでは、人がいるのかいないのか分からないくらいの自然な雰囲気や、光の絶妙な加減、ピアノにちょっと埃が積もっちゃってる感じとかも、すごく気に入っています。

*F/Style
新潟を拠点に五十嵐恵美さん、星野若菜さんが2001年に開設したブランド。様々な生活道具や衣類を「製造以外で商品が流通するまでに必要なことはすべてやってみること」をモットーに、近隣の地場産業と手を取り合い丁寧に作り上げる。2人でデザイン提案から販路の開拓までを一貫して請け負っている。

― 今回の作品『solitary』は、最初聴いた時に手紙のような印象を受けました。どこか懐かしく、あたたかみがあって、聴き手に歌ってくれているような…。そんなイメージはどこかにはあったのでしょうか?

今回の作品を録音するにあたって、お手本にした作品があります。それは、イギリスの音楽家・Nick Drakeの、お母さんであるMolly Drakeの『The Tid’s Magnificence : Songs and Porms of Molly Drake』という作品です。ピアノと歌のアルバムなのですが、すごくラフに録音していて、プライベートなお部屋で自分に歌ってくれているようなリラックスしたあたたかみのある感じが、すごく好きなんです。コロナの間、友達に教えてもらい初めて知ったのですが、それから気に入って夜寝る前に聴いていたりしていて。今回の作品に向けての自分の構想と彼女の作品が重なり、参考になりました。

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自分ってどういう風に生きていかなきゃいけないのかなと今までよりも真面目に考えるポイントが来たのかもしれません

― ”solitary”と”loneliness”、一見「孤独、ひとり」という意味ではとても似ていると思うのですが、今回なぜ”solitary”を選んだのでしょうか?

単語を調べたときに、“loneliness”だとすごく悲しみがこもっているというか、ネガティブな意味での「ひとり」になってしまいそうで、その点”solitary”だと日本語で言う「おひとりさま」のような、自分で選んでひとりでいる、というニュアンスが感じられて、ネガティブな意味だけじゃない「孤独、ひとり」を表せるのかな、と思って”solitary”にしました。
それは、自分が今まで弾き語りで、ゲストミュージシャンをいれないことに今のところこだわっているという部分や、今回の作品を考えていた時の、あまり人に会えなかった世の中の状況、その時の自分自身の心や身体の状態を表すには、ちょうどいいかなって。
ゲストミュージシャンをいれないっていうのも、私自身が他の人を嫌って思っている訳ではなくて。ピアノって低音から高音の幅が広くて、音もいっぱい出せてしまうから、一人でもオケとして出来上がっちゃうんですよね。今までも、ゲストギタリストを交えて一緒にやってみる機会もありましたが、大体みんな「どこで入ったらいいかわからない」てなってしまうんです。
どうやら、私がピアノで最初から最後まで作った曲には入る隙がないようで…。それはそれでちょっとショックだったのですが、自分のスタイルはピアノと歌の編成で完成している、ということで今は割り切ってやっています。
私自身は、昔から「ひとりでも別にいいじゃん」と思っていた訳でもなく、お友達はいっぱいいた方がいいとか、誰かと一緒に暮らしている方が安心とか、人並みに思っていた部分はあるのですが…でも、やっぱりいろんな生き方があっていいと思っています。
演奏に関しても、他の楽器となかなか解け合えない、自分の曲たちに対して、「自分がピアノをジャンジャン弾きすぎているからいけないのかな」など思っていた時期は確かにありました。でも、年齢を重ねていくと、まあこれが自分なのだろうと。受容と諦めと、そういうものでだんだん自分の軸ができてくるような感触を、ここ一、二年くらいでようやく感じられるようになったかもしれません。
この先、自分ってどういう風に生きていかなきゃいけないのかな、と今までよりも真面目に考えるポイントが来たのかもしれません。
もちろん、また変わるかもしれないですし。私がものすごいビッグバンドを従える日が来るかも分からないですが、今はとりあえずこれでいいのだろうみたいな、そんな風に考えています。
あと…余談ですが、実は、アルバムタイトルは最初名詞の”solitude”にしようとしてたんです!だからしばらくずっと、”solitude”って呼んでいたのですが、だんだんlistudeと言い間違えそうになってきて(笑)だから形容詞の”solitary”にしておこうってなりました。

― 今回、作った中で印象的だった曲はありますか?

どれも印象的だったのですが…。う~ん、難しいですね…。『ねむの木の蔭』という曲は、実は2022年には既にYouTubeにアップしていて(今回のアルバム収録に際して一部を作り直しています)、このねむの木とは、山梨の北杜市に住んでいる友人の家の庭にある、ねむの木がモデルになっているんです。その木のふもとには、何人かで集えるような、ちょっとした座れるスペースがあるんです。その家の友達もご家族も大好きで、とっても仲良くしてもらっていて、時々遊びに行ったりしていたのですが、コロナで人に会っちゃいけませんよっていう時に、あのねむの木のことを思い出して。あの素敵な木陰に、何も気にしないでみんなで集まれたらいいのになぁ、とそんな想いを込めて書きました。そういう想いを、曲たちに入れたりしていますね。
今作を通して、コロナの影響はやっぱりあるなと思います。生活の基盤的に大きく揺るがされるっていうことはなかったかもしれないけれど、色々なニュースが飛び交う中で、近しい友人でも考え方に違いがあるなっていうのを、まざまざと思い知らされました。そういう時に、じゃあ自分はどういう立場にいたらいいのだろう、みたいな…自分の立場を決めるだけでもすっごく気持ちを消耗したなとは思うので、全体的にちょっと疲れてはいたと思います。だから、同じく今作収録の『夜明けよ』の歌詞のように、そんな少し疲れた自分を引き上げたいという気持ちが今回のアルバムに自然と込められたかもしれません。聴く人それぞれで、また違う意味で響くのかもしれないですが…。このアルバムの初期衝動にある、自分を癒したりとか、自分の波のような状態をなるべく平衡に保つために、という想いが全体を通して如実に表れたと思っています。

― 意外にも、listudeでの初ソロライブということですが、どんなライブになりそうですか?

みどりで演奏しに行ったり、プライベートで遊びに行ったりはありますが、ソロでの演奏は初めてですね。今回の作品の、アップライトピアノでクローズドな空間を再現するのには、listudeはぴったりかなと思っています。演奏するこちらも、来てくださるお客さんも、気を張らずにリラックスして、みんなでピアノを囲んで、森ゆにのお部屋へようこそ、という雰囲気でできたらいいな、と思います。今回、ドリンクを担当してくださるPurjeさんも、前に一度レストランにお邪魔してお食事させて頂いたこともあったり、resonance musicのおふたりもいつも一緒にやっていますし、今回も安心の皆さんと一緒なので、そういった面でも、とてもリラックスしてできる気がします。昼公演と夜公演とそれぞれの内容を、時間帯の雰囲気にあわせて、少しでも変えられたらと思っています。

森ゆにさんが出演されるコンサートの詳細はこちらから。
2024 3/16 sat. solitary Release Concert in Nara

森ゆに
シンガー・ソングライター、ピアニスト。
バンド活動を経て2009年よりソロ活動開始。
2012年シューベルトの歌曲を収めた小作品集『シューベルト歌曲集』、2015年『祝いのうた』、2019年『山の朝霧』など弾き語りによるオリジナルアルバムを制作。2019年、コンピレーションアルバム『Waltz for BEAU PAYSAGE』参加をきっかけにBEAU PAYSAGEのプロデュースで田辺玄との初デュオアルバム『2020』をリリース。また2019年より青木隼人、田辺玄とのユニット「みどり」としての活動をスタート、2枚のアルバムをリリース。2024年1月20日『solitary』をリリース。

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