sonihouseは、これまで日本各地へ、ときには海を越えてスピーカーを納品してきました。私たちの製品を選んでくださった方たちと話をしていると、深く共感することや忘れがたいお話を聞くことも少なくありません。「sonihouse Owners」では、そうした対話の一部をご紹介します。
山梨・甲府から西へ進み、韮崎市へ。中心地から車を10分ほど走らせると、秋の田畑が美しいのどかな景色が広がります。そんな風景のなかにぽつねんとある「和食おすし若」。sonihouseにとって9年ぶりとなる新製品「vision」の初の納品先は、このお店です。入り口の引き戸をがらりと開けると、自然派ワインがいっぱいに詰まったワインセラーや今朝に採れたばかりのきのこの山……。県外からもお客さんを引き寄せる、なんとも「らしからぬ」お寿司屋さんです。スピーカーの納品と設置、そして新製品のお披露目を兼ねた食事会の翌日、二代目店主の小澤一敏さんにじっくり話を聞いてみました。
地元・韮崎を表現する
sonihouse 鶴林万平(以下、鶴林):昨晩はごちそうさまでした。おいしい料理に、最高のワインも振る舞っていただきました。そして「vision」の初納品を無事に終えられて、ほっとしています。今日は改めて「和食おすし若」のお話を聞きたいです。
小澤一敏さん(以下、小澤):このお店自体は今年で38年目で、僕らが継いでからは3年足らずです。聞くところによると、ここの店舗空間は開店して10年も経たない頃からしばらくの間は閉めていたようです。というのも、この田舎でのうちの店の需要は座敷の方なんですよね。開店当時はお寿司屋さんというだけで珍しく、奥の座敷は連日大繁盛して、とても店舗のテーブルやカウンターでお客さんをさばく余裕がなかったとか。なので、しばらくしてからは看板を掲げず、店舗の鍵も閉めていたそうです。僕らが切り盛りするようになってから、改装して店舗の方をメインで営業しています。
鶴林:地元の人が多く通うお店だったんですね。
小澤:けれど、僕らに代替わりしてから当時のお客さんはとんと来なくなりました(笑)。完全禁煙にして、内装やメニューも方針を大きく変えちゃったからですかね。ただ、ひとりふたりは先代の頃から来てくれるお客さんもいて、実はその方たちが僕らの師匠なんです。
鶴林:師匠?
小澤:はい。普段は大工や事務職をしてる人たちなんですが、時期がくると必ずきのこを持って来てくれるんです。よくよく話を聞いて食べさせてもらったところ「何だこのきのこ! この地元に、こんなにおもしろくておいしいものがあるんだ!」と感動しました。ちょうど代替わりしてすぐ、韮崎のような辺鄙なところへどうやってお客さんを呼べばいいんだろうと悩んでいたので、「きのこは良いかもしれない!」と。それから、かれこれ3年にわたってきのこの勉強をしています。きのこを教わった代わりと言ってはなんですが、僕らはワインについて師匠らに教えてあげて、いまでは週に2回ほどお店にきてくれて、多いときはワインボトル4本くらい空けてくれますね。
鶴林:すごい頻度で来て、すごく飲みますね(笑)。
小澤:そうなんです(笑)。ただ、いろはは教わりましたが、実際採取できる場所はひとつも教わっていません。きのこ採りにとって採取地は財産なんです。教わった技術や知恵を手がかりに、図鑑を買って勉強し、実際に歩きまわって地道に探し続け、最近になってようやくまとまった量が採れるようになりました。教えてくれたことへの敬意も込め、お店の目玉になるよう採取も調理も常に工夫しています。いまでは、土地に古くからある偉大な知恵を継承していきたいという思いもありますね。
鶴林:お客さんから影響を受けて、その土地に根ざした魅力を見つけたと。
小澤:本当にそうですね。あのお客さんに出会わなかったら、きのこを選んでいないかもしれません。僕は若くしてこの店を離れて上京し、ここを継ぐまではニュージーランドの和食屋で6年間にわたって働いていました。とはいえ、料理の修行をしたという感覚もないですし、自分が職人だとも思いません。料理はもちろん大事、だけどそこだけにこだわってはダメだと思いながら、正直、このスタイルに至るまで何度もブレました。
鶴林:「和食おすし若」は、お寿司に限らず天然きのこ料理や自然派ワインというキーワードで紹介されることが多いと思うんですけど、過去にはいろいろと模索した時期があったんですか?
小澤:最初は、普通の居酒屋みたいな店でしたね。アサヒビールとハイボールを置いて、料理もリーズナブル。そうしないとお客さんは来ないと思っていたんです。そんな風にしながらも、最初の半年くらい「こんなことで良いのか?」と悶々していました。でも、そこから新しいことに舵を切ろう思うときでさえ度胸が必要でした。これまでのお客さんを捨てることになるんじゃないかって。はっきり言って、この3年でお客さんはガラッと変わりました。きのこを勉強しながらも、途中でコース料理をやってみたり、洋風の創作料理に挑戦してみたり……。相当に迷走していたし、お客さんも「この人たちは何がしたいんだろうな」と思ってたと思います(笑)。
鶴林:迷走したとは言いますが、わずか3年でその土地の良さを表現して世界観をつくりあげたのは、本当にすごいなと思います。韮崎のような、場所自体に求心力があるとはなかなか言えない土地にも、遠くからお客さんを引きつけておられますよね。
気持ちの良い集まりを広げる
小澤:ありがとうございます。いまのスタイルに自信を持って進んでこられたのはごく最近で、去年「ボーペイサージュ」の岡本英史*さんと出会ったことが大きなきっかけにあります。僕は、人と出会って影響されて、変わってくんです。それでしか前に進まない、と言ってもいいかもしれません。気持ちの良い人らと付き合うようになってから、次第にどの現場も気持ちの良い集まりになってきて、いつの間にかお客さんまで気持ちの良い人たちになってくれたような気がします。
鶴林:岡本英史さんは、ワインの造り手として世界的な評価を得ておられます。昨晩の食事会でもいろんな方が集まっていましたが、かねてから山梨の文化を築いてきた人たちが次の世代に目をかけてくれるのは、とても心強いですね。
小澤:本当に心強いです。山梨の先輩たちは僕らにとっての間違いなくキーパソンです。昨日集まってくれたのは、ちょうど半分は音楽家で、半分は地元で食にまつわる仕事をしている人たち。ずっと辿り着きたかった、夢に描いていたような場になりました。
鶴林:韮崎に訪れて小澤さんを見ていると、「和食おすし若」と同じように日本や世界各地でその土地土地の魅力を表現している人たちが、まだまだいるんだろうなと実感します。
小澤:僕らもようやく地元から外へと目が向きはじめていて、県外のお店へ出歩くことが多くなりました。お金を貯めては遠くにご飯を食べに行ったり、同じような感覚でやってる人を探しに出かけています。このあいだも、シンガーソングライターのLUCA**さんと京都で食事したときに、グッとくるお店を訪ねることができました。そういう人たちとの出会いは刺激になりますし、いつかそういう人たちと繋がって、地方同士で循環していければなとも思っています。そして、結果的に山梨、韮崎がおもしろくなってくれれば、いちばん嬉しいですね。