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-報告-2021/11/13 sat. – 14 sun. 「地奏 vol.2 -ASUKA-」

11/13 sat. 13:45
甘樫丘の頂上へ向けて出発。甘樫丘は飛鳥の中心部にある標高148mのなだらかな丘。頂上からは飛鳥古京(明日香村)の集落や藤原京跡が一望できます。

ここで和歌を一句ご紹介。
「采女(うねめ)の 袖吹きかへす 明日香風 都を遠み いたづらに吹く(志貴皇)」

飛鳥古京から藤原京へ遷ったあとに詠まれた、飛鳥古京を懐かしむ歌です。頂上から見てもわかる通り、実際には飛鳥古京と藤原京は徒歩でも行ける距離です。しかし、藤原京から国際情勢を意識した中国式の「京」、法律にもとづく律令国家が生まれ、価値観の転換というには大きすぎる人々の認識の根底からの変革がありました。この歌は物理的な距離ではなく、心理的な隔世を表したものです。

推古天皇が飛鳥で即位し、藤原京遷都までわずか約100年。明日香という地は、”感情”による統治から”知性”による秩序だった統治への大変革の場所であり、今現在の「日本」が始まった場所。

“感情”と”知性”

それは音の聴き方にもいえる。”感情”で聴く方法と”知性”で聴く方法、それはどちらが良いというわけではなく、どちらも必要なこと。飛鳥の地で起こったこの大変革を音の聴き方になぞらえ体験してもらう、という今回のコンセプトを発表しました。ツアーの最初にここを案内したのもそういった理由です。

11/13 sat. 14:20 水落遺跡

“知性”による秩序の最も分かりやすい出来事として、「時間」の概念が生まれました。人々は日が昇れば起きて日が沈めば仕事を終える生活から、現代のように時刻に管理され、成果を計測される生活が始まったのです。当時の最先端の土木技術・金属加工技術・また数学的技術によって日本で最初に造られた漏刻の跡がこの水落遺跡。

その他にもこの時代に富本銭という貨幣制度も導入されました。急速に朝鮮や中国からの技術・思想を取り入れ、それらの国に引けを取らない国力を見せつけたかったようにみえます。明日香のリサーチを重ねるうち、「素朴でのどかな」イメージとはまるで逆の、現代と何も変わらない当時の国家の姿が見えてきました。

当時は鐘を使って民衆に時刻を知らせていました。飛鳥寺の鐘の音に耳をすませ、当時の急激な変化に戸惑ったであろう人々の気持ちに想いを馳せます。

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