音楽・音響におけるメディウム・スペシフィックに関する問題意識を主題に活動するアート・アソシエーションimmeasurable[イメジャラブル]による、「聴くことのアレゴリー」がlistudeにて開催されました。
音を録る視点(フィールド・レコーディング)と、それを出力する視点(スピーカー)という2つの観点から、興味深いトークとそれにまつわるライブが3部に分かれ行われ、音の世界により一歩深く踏みいれるイベントとなりました。
登壇者には、著作『フィールド・レコーディング入門』が音楽本大賞を受賞した文化人類学者の柳沢英輔氏、音響効果としてアニメに音をつける仕事などを行う ばばまさみ氏を迎え、immeasurable代表 岡村英昭氏の進行のもと、柳沢氏とばば氏の音を録る仕事とその作品秘話について、音を出力する側として、listude鶴林万平によるスピーカーの説明や想いなど、「聴く」ことに対する両者の視点の違いや、新しい発見について新鮮な議論が交わされました。
特に興味深く聞き入ったのは、ばば氏が録り集めている”Room Tone”という音。どんなに静かな無音と思われる部屋などの場所にも音があり、その音を録ってアニメの世界などで使い、その世界観や背景に奥行きと深みが増すというもので、今回はばば氏のコレクションから「誰もいない居酒屋のトイレで録った音」などを皆で試聴。換気扇の音がわずかに入るその静かな音は微かな中にも空間の音が満ち満ちていて、様々な”Room Tone”を聴くとその場所性の違いがより鮮明に浮き上がります。
また、柳沢氏は音を録音するということの暴力性について「カメラは映らないように避けることができるけれど音は避けることができない」と述べ、録音における場所性の重要さをさらに印象付けるものとなりました。
listudeのスピーカーは、そうして大切に録られてきた音や作られてきた音をできるだけそのままフラットに、空間の特異性に左右されず馴染むように響かせようと設計し、製作しています。今回、場所性を重要視し、その場所の特異性を引き出そうと音にアプローチする録音側の姿勢と、listudeの場所の特異性をできるだけフラットにして音を聴こうとする姿勢と、その真逆の視点が興味深く、また面白く感じました。
今回の会場ドリンクは、普段大阪で活動されている移動喫茶キンメさんが奈良まで来てくださり、菊のシロップを使った飲み物や、お茶、こだわりのお酒などを様々作って下さり、やわらかなお人柄と美味しい飲み物で会場の雰囲気を明るく盛り上げて下さいました。
そんな美味しいドリンク片手に、登壇者たちのおすすめ音楽と選曲背景などを放談しつつ、近頃世間でも注目を浴びるAIの発展による歌(声)の未来についての考察などを語り合う時間は、昭和の「名曲喫茶」でのひとときそのもの。音楽や音について街角で誰もが自由に論じていたあの時代を彷彿とさせる開放的な雰囲気に包まれました。
最後は米子匡司氏の公開録音のライブパフォーマンスが行われました。非楽器から生じる音にフォーカスした作品や、空間に定在する音や反響を利用する米子氏はlistudeとも馴染み深く、実に10年ぶりの再会!
様々な仕掛けを運び込み、事前打ち合わせもそこそこに(それすらもパフォーマンスの一部のような緊張感を持ちながら)柳沢氏とばば氏がマイクをセットし、米子氏のライブパフォーマンスを録音するという実験的なライブとなりました。
イベント全体の話を踏まえ、その場所の特異性を捉えつつも、音そのものにフラットに向き合うことで、その時その場所でしか聴くことのできない音楽が聴こえてきたように感じています。今回の録音は今後リリースも行われるということで、どのように録れているのか、楽しみに待っていようと思います。
さらにシークレットプログラムとして、immeasurableのデザイン全体を担当されている秋山ブク氏+ばばまさみ氏によるサウンド・スカルプチャーの展示も行われました。listudeにあるものでどんどん形を作っていく秋山氏。それに音を仕込んでいくばば氏。ハプニングのようなドキドキもありつつ、あたたかく柔らかく繊細な雰囲気の素敵なインスタレーションとなりました。
普段の演奏会とは違い、フィールド・レコーディングを軸に「聴くこと」について多方面から考えることができた今イベント。来場者の方々も熱心にメモを取ったり、深く聞き入っている様子が印象的でした。このイベントを通して、私達にとっても学び多き刺激的な一日を過ごすことができました。
写真:縦型/listude、横型/aizawa kazuhiro